Saturday, May 14, 2011

人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。


「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。見つけたら、大喜びでその羊をかついで、帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください』と言うでしょう。」聖書・ルカ15:4−6

「罪人のこととなると神は黙って立ち、腕を広げて『こちらえきなさい』と言うのではない。いや、いなくなった息子を持つ父親のように、神はそこに立っているが、むしろ進んで探しに出かける。いなくなった羊を探す羊飼いのように。なくなった硬貨を探す女のように。神は出て行くーしかし、違う、神は出かけてしまわれた。だが、どんな羊飼いやどんな女よりも果てしなく遠くいかれた。神は、神であることから人間になるほど、真実果てしなく長い距離を行き、そのようにして罪人たちを探しに出かけられたのだ。」ゼーレン・キュレケゴール

「人の子<イエス・キリスト>は、失われた人を捜して救うために来たのです。」聖書・ルカ19:10


Thursday, May 12, 2011

動物園へ...


5月4日、Jon & ファミリーと愛媛のトベ動物園に行きました。

さい

カバ

象

Jonのファミリーは、妻Tammyとキッズー Jon LucとPeter。Tammyは友達も呼びました。

Tuesday, May 10, 2011

ロイヤル・ウェデイング1、 説教


ロンドンのイギリス国教会の司教が素晴らしい引用で説教をはじめます。「神があなたに成ってほしい存在に成って、世界を素晴らしく影響しなさい。」シエナのキャサリン

説教の途中、彼は、チョサーと言う詩人を引用して、その引用をこう説明します。「神の存在が多くの西洋から去ることに伴い、私たちは、人生の意義や幸福を人間関係において期待します。。。 これは相手にあまりにも多くの重荷を置くことです。私たちは、皆、余にも不完全です。私たちは、安心できるような愛を必要としています。」

私はこう思うのです。「私たちは、結婚相手だけだはなく、色んなものに神しか与えられないような幸福を期待するのです。早かれ遅かれ私たちは、失望するのです。さらに違う『神』を探そうとするのです。さらに、裏切られたりします。しかし、救い主イエス・キリストがいるのです。彼は、真の神なのです。私たちのために十字架で死ぬほど愛しているのです。けして私たちの期待と信頼を裏切りません。全ての希望である神から湧き出る恵みによって、私たちは、妻や夫や人々を愛し、与え仕えることが出来るのです。」

ウェデイング中の聖歌隊の歌、会衆の讃美、聖書朗読も、この福音(good news)でいっぱいでした。

説教を英語で聞いたり、読んだりしたい方は、次をクリックして下さい。メッセージを聞く 、読む 。

Saturday, May 7, 2011

映画『アメージング・グレース』


5月14日(土)、綾川イオンのワーナーマイカルシネマで公開されます。実話で、イエス・キリストの驚くほどの恵み(Amazing Grace)を体験したイギリス国会議員ウィリアム・ウィルバーフォーズは、一生涯をかけて奴隷の解放を貫くのです。「私は、英語ばんのDVDをもっていて、3回以上見ています。特に、日本は、今の東日本大震災があって、この『驚くばかりの恵み』を知って、多くの方が真に救われ癒されるのを心から祈っています。」ダビデ・ジャンカー

「今や、身近にさえ感じられるアメイジング・グレイス。この曲に心揺さぶられるのは、そこに深い信仰と愛とが刻まれているからでした。歌のパワーを再認識!」赤池優、ソプラノ歌手・声楽家

Trailer http://www.amazing-movie.jp/

写:高瀬キリスト教会&マイ・ネーバー・イングリッシュ・スクールにあるポスター


Thursday, May 5, 2011

Jon's family と hotdogs


ジャン兄と家族が5つ日間、私たちの家に泊まって下さいました。ジャン兄が分かりやすい福音のメッセージを教会でして下さりました。礼拝後、ジャン兄ファミリー&木村(奈帆)の親戚とおいしいホットドッグを食べました。

Wednesday, May 4, 2011

オサマ・ビン・ラディン


オサマ・ビン・ラディンの殺害を「U.S.A.! U.S.A.!」とお祝いしたアメリカ人は多かった。Yahoo News 私自身は、正義が行われたことが良かったと思うが、心の中でビン・ラディンであっても、人の死を喜ぶことは出来なかった。キリスト教の代表的な雑誌World MagazineとChristianity Todayも同じことを書いた。死を討論する[WORLD Magazine | Debating the death | Mindy Belz | May 03, 11](写)とオサマの後のイスラム界との対話 [Engaging the Islamic World After Osama | Christianity Today]。

神学者D.A. Carlsonは多発テロ時間の後、間もなくこう書いた。「彼は悪人で、止められなければなりません。しかし、彼は(それでも)人間であって、彼が滅ぼされること喜んではならない。復讐は主(天地を創られた神)のみのものである。『私たは、ビン・ラディンの死を嘆くべきか?それとも、彼の暴力的悪意を妨げるべきか?正しい答えは『Yes。』(両方です)” アメリカを代表する牧師マーク・ドリスコルやジョン・パイパーも、似たことを書いた。ブッシュ元大統領も、彼は、ビン・ラデインの死を特に喜んでいない、と言いました。なぜなら、憎しみのためではなく、正義のために行った、とワシントン・ポストにありました。

聖書は、神や人間の正義を語りながらも、悪人の死を喜ばないことを語っている。聖書・箴言24:17「あなたの敵が倒れるとき、喜んではならない。彼がつまずくとき、あなたは心から楽しんではならない。」


聖書・エゼキエル18:23「わたしは悪者の死を喜ぶだろうか。‐‐神である主の御告げ‐‐彼がその態度を悔い改めて、生きることを喜ばないだろうか。」


Monday, May 2, 2011

「やっぱり天罰だと思う」石原慎太郎




東京都知事石原慎太郎は、不思議なことを発言しました。「被災者の方々はかわいそう」と言いながらも、「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う。」3/11の大震災の「三重苦」〜9.0の地震、津波の破壊と原発の放射能〜を体験している東日本と福島、宮城と岩手の方に対する信じがたい発言です。しかし、ニューヨークの9/11の多発テロ事件の時も、変な発言が出ました。あるジェーリー・ファーウェルと言う牧師は、妊娠中絶者(abortionists)、フェミニスト、同性愛者の罪が9/11の悲劇を促した、と発言しました。
私たちは、リンカーン、キング牧師、マザーテレサを尊敬していますが、彼らを一番影響した方—イエス・キリストに聞くべきです。イエス・キリストが、災難にたいして何を言ったかを聖書のルカ13:1−5で見たいです。
聖書に入る前に、私たは、石原やファーウェルに聞きたいですが、「そこまで言う権利はどこから来るんですか?あなたは神の側近ですか?」私は、こう感じます。彼らは、自分の位にのぼせているのではないでしょうか?
イエス・キリストの言葉に耳を傾けましょう。ある人たちがやって来て、イエスにある報告をしました。「ピラト(エルサレムにいたローマの総督)が(イスラエルの北部にいた)ガリラヤ人たちの血をガリラヤ人たちのささげる(宗教的な)いけにえに混ぜた。」このようにして彼らを殺しました。ピラトは、悪いこともしていない人に、逆に宗教的なことをしていた人に対して残酷なことをしました。人的災害ですね。
それにたいして、イエスは彼らにこう答えました。「そのガリラヤ人たちがそのような災難を受けたから、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。そうではない。わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。」ガリラヤ人は、他の人よりも悪いから、悪いことが起こったのではありません、と言っているのです。逆にイエス・キリストは、こう皆に適用します。「全ての人は、罪人で、創り主なる神の前に立つ時が来ます。ですから、あなたは、悔い改めなさい。」
強調するために、イエス・キリストは、もう一つの例を語ります。「シロアムの塔が倒れ落ちて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるだれよりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。そうではない。わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。」この災害にあった人がより悪いから、災害にあったのではないのです。逆に、イエス・キリストは、いずれ神の前に立つ全ての人に「悔い改め」を命じているのです。
石原は、特に、東北の人が悪いから、「天罰だ」と言っているわけではないのです。それだったら、なぜより悪がある東京にいわゆる「天罰」はこなかったのか?と問えます。彼は、「日本人(皆)のアイデンティティーは我欲」だと言っているのです。しかし、石原と違ってイエス・キリストは、日本にこう言うでしょう。「東日本大震災があって、日本人は、他の国の誰よりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。そうではない。わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。」
日本は、北朝鮮より悪いのでしょうか?より悪い人に「天罰」が落ちるなら、金正日のような独裁者の上に落ちるはずです。この独裁者は、日本人などを拉致したり、核をつくったり、何万のクリスチャンを殺したり、自分の国民を餓死させたりしています。日本人だけではなく、「全ての人は罪を犯したので、神の栄誉を受けることが出来ない」と聖書は言っているのです。アメリカ人も、北朝鮮人も、韓国人も、中国人も。全ての人は、神の前に立つのです。ですから、一人残らず、いわゆる『道徳的』な人も、悔い改めなければならないのです。
でも「悔い改め」は、なじみのない言葉です。どういうことでしょうか?「悔い改め」は、主に「考えを変える」と言う意味がるのです。原子力発電所などのエネルギーについて「考えを変える」必要があるそうです。そのように、私たちは、神について、罪について、イエス・キリストについて「考えを変える」必要があるのです。
豊臣秀吉のキリスタン禁令の時から、日本は、国として、聖書、イエス・キリストを「鎖国」して来ました。今の日本の『建前』は鎖国していないと言います。宗教の自由があると言います。しかし、『本音』は鎖国しているのです。今日本は、個人として、家族として、国として、聖書とイエス・キリストに対する鎖国を解除する時です。「平成の開国」が必要です。主イエス・キリストを受け入れる時が来ました。
「天罰」と言うと聖書は、異なった「天罰」を教えています。それは、イエス・キリストの十字架です。十字架が教会の中心にある理由があるのです。それほど大事です。でも、それは、「天罰」を意味しています。全ての人は、自分の罪のゆえに、「天の罰」—永遠の裁きーを受けなければなりません。なぜなら、人は、天を創られた神を心を尽くして愛していないし、隣人を自分のように愛していません。私たちは、極めて自己中心です。そのゆえに、神からの正しい罰を受けなければなりません。しかし、神は、人となられました。イエス・キリストです。罪のないイエス・キリストは、十字架上で、人の罪を自分の身に負い、代わりとなって、裁かれ、「天罰」を受けたのです。「神は、罪を知らない方(イエス・キリスト)を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。」聖書・2コリント5:21 私たちは、恵みのゆえに、罪を悔い改め、イエス・キリストを信じ仰ぐことによって、神の裁きと「天罰」の対象ではなく、神の愛と祝福の対象になるのです。
そうです。神は、人間に、「天罰」ではなく、イエス・キリストとその十字架によって、悔い改めと信仰によって、祝福を下さるのです。そのようにして、祝福された私たちは、人を、敵であっても、祝福するのです。その人を愛し、その人のために祈るのです。
写:宮城県、石巻市、荻浜町。