Sunday, December 25, 2011

「地には平和」


戦国の世の1565年(信長が32歳の頃)、京都にいたルイス・フロイス神父が、堺津付近で対戦中の三好義継、松永久秀の両陣営に呼びかけたところ、キリスト信者だった70余の武士が、イブに集まって降誕際儀式を行った。もっとも、すぐ翌日には戦闘が再開された。

「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」聖書・ルカ2:14

Thursday, December 22, 2011

あなたがたのために貧しくなられた



『あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。』聖書・2コリント8:9

前後の文書でパウロは、こう書きました。「慈善の業においても豊かな者となりなさい。」(7節)

絵:レンブラントの「羊飼いの礼拝」

Tuesday, December 20, 2011

“助けてくれー”


昔、中国で儒教の先生がクリスチャンになりました。その弟子たちが来て「先生はいつでも軽挙妄動をおさめておりながら、なんですか!あの毛唐がきて、いっぺん説教を聞いただけでクリスチャンになるなんて。それは聞こえません」と抗議を申しこんみました。そこで先生は次のような例えをしました。
「私は野原を歩いて、足を滑らせて野中の井戸に落ちてしまった。“助けてくれー”と叫んでいると、孔子が通りかかって声をかけてくれた。『お前はどうしてこんなところにいるのかね。』『野原を勝手に歩いていたもんですからおこっちたのです。』『それはいかん。ちゃんと人の通る道がある。道でないところをお前が歩いたから、こういうことになったんじゃ。以後気をつけれよ。ちゃんと人間の道をあるけよ』と教えて下さいました。けれども今、野中の井戸に落ちている私は、そんなことは千も万も承知しています。この井戸から出してくださる人が欲しいのです。
また“助けてくれー”と叫んでいると、足音が聞こえてきた。やれやうれしやと思ってみると、お釈迦さんでした。そしてまた『どうしてお前は落ちたのか。ああかわいそうなことをしたものよ。なんでも気をつけないとこんな目にあうぞ。助けてつかわすから手を出しなさい』とおしゃいました。手をのばしたら、お釈迦さんも手をのばしてくださまたが、どうしても一尺ばかりたりながったのです。そこでお釈迦さんは『さてさてお前は業が深いのう。前世の因縁じゃ、あきらめよ』とおっしゃって、向こうへ行ってしまいました。
だが、あきらめきれないので、“助けてくれー”と、なおも叫んでいました。するとこんどはイエス・キリストが来ました。いやなやつが来たな、と思っていやな顔をしていたけれども、なにせ、だれでもいいから助けてむらおうと思って手をのばしたところが、どうしてもたりないのです。そうしたら、そのキリストが井戸の中にとびこんで来て、しゃがんで『私の肩にのりなさい』というから、その肩にのったら、その肩の足をサーッと押しあげて外へ出してくれた。『もう二度と来るんじゃないよ』と言ってくださいました。
「だから私は、キリスト教を信じたんだよ。」
人の子(イエス・キリスト)は、失われたものを捜して救うために来たのである。」聖書・ルカ19:10

Friday, December 16, 2011

「主を恐れ敬うことは知識のはじめ」


人を恐れることは罠である。主を信頼する者は高い所に置かれる。」聖書・箴言29:25

豊臣秀吉は、千利休を通して、高山右近に最後の警告を下しました。『右近は、関白に使えたいなら、キリスト信仰を捨てなければならない。また、どうして高槻でキリスト教を促したのか?』と。

右近の答えは簡単でした。『家臣として全ての点において従いたいが、信仰だけは捨てられない。伝道に関しては、私の最高の働きだと思う。』

右近は、追放されましたが、また、秀吉に呼び戻されました。茶道も共にしました。秀吉に対して、右近は、少しも恨みをもっていませんでした。その頃、右近は、徳川家康と共に茶道をしました。

右近は、続けて信仰を公に実行しました。長崎にいる宣教師を名古屋に呼びました。大坂と京都の伝道を熱心にし、その中で信仰を持ったのは、信長の孫、織田秀信と他の大名でした。

秀吉が亡くなって、右近は、16年金沢の前田藩にいました。右近は、金沢と能登半島にもいくつかの教会を建てました。

しかし、1614年に徳川は、キリスト教禁令を下しました。前田年常は、右近と戦う準備をしたいた時、右近はこう言いました。「私は、武器によってではなく、忍耐と謙遜によって、私が告白するイエス・キリストの教えによって、救いを勝ち取ろうと思っている。」

右近は、宣教師とともに、福田からフィリピンに旅立ちました。1615年、フィリピンに着いて、40日間経って、彼は、63年の生涯を閉じ、天に召されました。

右近は、孫にこの最後の言葉を言いました。「キリスト教信仰にしっかり立つように。」最後まで、徳川を含めて、誰も、彼の信仰の自由を奪い取ることは出来ませんでした。

元香川県知事前川忠雄の好きな聖書の言葉は「主を恐れ敬うことは知識のはじめ」でした(聖書・箴言1:7)。右近は、人を恐れていませんでした。生ける神を恐れ敬っていました。そして、彼は、自由でした。

Thursday, December 15, 2011

「人を恐れることは罠である。」


織田信長、豊臣秀吉と徳川家康は、高山右近と対決する必要があると、彼らは思いました。その支配下にあった右近は、自分の良心に、いやイエス・キリストに従いました。

右近は、1563年さわ城で洗礼を受けました。熱心な仏教徒であった右近の父ー高山友照ーは、宣教師ガスパー・ビレラと討論を申し込みました。ビレラの代わりに目の不自由なロレンゾ兄(改心した元仏教の琵琶法師)が討論しました。右近の父とその側近は、ロレンゾの説明したキリスト教信仰に感動しました。そして、右近を含め家が洗礼を受けました。

右近のキリスト教信仰は、彼を人を恐れることから、全ての野心から、解放したのです。全てが取られても、誰も信仰を取ることは出来なかったのです。秀吉に関わる時も、主イエス・キリストが第一と示すことを遠慮しませんでした。

信長の葬儀は、秀吉によって準備されました。仏壇に線香を捧げる時、右近は、席から立ち上がりませんでした。目立ちましたが、秀吉は、それを黙認したのです。

後、賤ヶ岳の戦いは、右近は、ひどく負けました。彼は、けがをして、多くの家臣を失いました。それでも、秀吉は、彼を大事にし、収益を上げました。

宣教師グレギオ・デ・ケスペデズによると秀吉は、右近についてこう言ったそうです。「生活の聖さ(きよさ)において、右近を真似できる者はいない。」

「人を恐れることは罠である。主を信頼する者は高い所に置かれる。」聖書・箴言29:25

Monday, December 12, 2011

「子どものような」


16世紀、キリスト者であった大名高山右近は、個人のチャペルとして茶室を作った。彼は、祈りの準備のために茶道をした。国の事柄を忘れ、彼の心は静まって、「子どものような
*」心になった。それで、聖書の福音を黙想した。

『イエスにさわっていただこうとして、人々がその幼子たちを、みもとに連れて来た。ところが、弟子たちがそれを見てしかった。しかしイエスは、幼子たちを呼び寄せて、こう言われた。「子どもたちをわたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者*たちのものです。まことに、あなたがたに告げます。子どものよう*に神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、はいることはできません。」』聖書・ルカ18:15ー17

*「子どものような」心は、謙って、素直に頼る心。


Sunday, December 11, 2011

3月11日、全ての希望は失われた


しかし、

『大勢の群衆がイエスに従った。皆の病気を癒された。
....それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。

「見よ、わたしの選んだ僕。
わたしの心に適った愛する者。
この僕にわたしの霊を授ける。
彼は異邦人に正義を知らせる。
彼は争わず、叫ばず、
その声を聞く者は大通りにはいない。
正義を勝利に導くまで、
彼は傷ついた葦を折らず、
くすぶる灯心を消さない。
異邦人は彼の名に望みをかける。」

聖書・マタイ12:15−21

3.11についてのYoutubeビデオ "We will remember you"を見て下さい。心が引き裂かれます。英語&日本語両方です。

イエス・キリストが日本にその豊かな恵みとあわれみを日本に注がれますように。

Wednesday, December 7, 2011

「そのいのちをもってね。」


「いましめを守ることが一番大切なことじゃない。」パウロはみんなに言った。「神さまに愛してむらおうために、いい子でなきゃいけないなんてことはない。イエスさまがあなたのために何をしてくださったかをしんじる*。そして、そのイエスさまにしたがう。たったそれだけでいいんです。あなたたちのがんばりじゃなく、あなたたちのしんらいが何より大切なんです。いましめを守れるかじゃなく、神さまから、ただいただけるおくりもの、恵みをすなおに受けとれるかどうかにかかっているんです。どうしてただかって?それはイエスさまがすでにしはらってくださったからです。そのいのちをもってね。*
ジーザス・バイブル・ストーリーより、サリー・ロイド・ジョンズ

*イエス・キリストの十字架を意味する。キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだ」聖書・1コリント15:3

Sunday, December 4, 2011

Every Heart That is Breaking...



<3・11の被災者のための歌です。>

英語ですが、VIMEOで聞いてください。言葉が下に英語から日本語に訳されています。Vimeoで子供を抱きしめているは多分私の兄、Jon、です。




見捨てられた夫のために
理由もなく一人にされて
町の旅人のために
そこに家がない
父親のいない息子のために
一人ぽっちの母親のために
私は語る

彼(イエス・キリスト)はあなたを見ている、知っている
彼はあなたを愛している、愛している
壊れているすべての心に、今夜
彼が見守っている子供の心
あー、彼はみ腕に抱きしめることを願っている
壊れているすべての心に、今夜
壊れているすべての心に、今夜
すべての心に

倒れた尊い娘のために
心の引き裂かれた父親のために
不思議な新しい方法で死んでいる放蕩息子のために
いつも飢えている子供のために
国のない愛国者のために
私は語る

(折り返し)

by Twila Paris

3・11で人生が破壊された東北の方々のことを忘れないでください。続けて祈ってください。そして、訪ねてください。

@写真は、4月ごろ私が石巻の小学校の前で撮った。この二人には家がないんですね。

Saturday, December 3, 2011

『本当の意味では虹が見えない。』


「人間がアメーバの突然変異から来た、と言う科学者は、本当の意味では虹が見えない。そして、それは非常に残念な事だ。」永井隆

A scientist who say we came from a chance mutation of amoeba cant really see rainbows, and thats a great pity.

「初めに、神は天地を創造された。」聖書・創世記1:1