Friday, September 9, 2011

しかし、ここに神様はおられると思った



3.11の東日本大震災のすぐ後、消防士藤村拓さんは「ぜひ、救援活動に行きたい」と願いました。
彼は、岩手県盛岡出身です。家が火事で失った「従兄弟の家族の大変そうな姿を見て、その時、消防士になろうと意識するようになってのです。。。。消防士は24時間体制で、徹夜での作業もあり過酷な仕事ですが、。。。力には自信があったので、僕にはピッタリな仕事だと思いました。。。。消防士は、身の危険も顧みず、人のためにする仕で、神様の愛を伝えやすい仕事だな、と単純にそう思ったのです。。。。絶対、東京に行かないと思っていたけれど、難しい試験が通ったのは、きっと神様が行きなさいと言っているのだろうと考えるようになりました。それで、。。。東京消防庁に行くことに決めました。」
「東京に出て来たのはこのとき(3.11)のためだった」と彼は言います。東北に行って「その光景は言葉にできないほど悲惨で悪夢のようだった」と語りました。「絶対に探し出してみせる」と思いましたが、「その光景はあまりに広すぎて、どこから手をつけていいか分からない状態だった」のです。「自分の力で探し出せなくても、神様はすべてのことを知っておられる。。。。ここに神様はおられる」と感じたのです。「私が活動した隊では、4人の遺体をを収容しました。。。。家族、親族がこの姿を見たらどう思うだろうかと胸が痛みました。本当に何もできないという無力さと切なさを感じました。」でも「ご遺体を家族にお返しすることで、ご遺族のかたがたのための心の痛みが少しでも和らげば」と思って、彼は作業を続けました。
「いずれは盛岡に戻って、そこで消防士の仕事をしたい」と故郷に対する彼の思いが強まりました。
5月1日発行クリスチャン新聞より

続けて福島県、宮城県と岩手県のために祈って下さい。また、義援金を捧げて下さい。さらに、援助活動をしているグループを通して東北に行って下さい。被災者たちは、人格的な愛が必要です。
イエス・キリストは、宇宙を創られた神です。が、イエス・キリストは『人となられた』とあります。「ことば(イエス・キリスト)は人となって、私たちの間に住まわれた。」聖書・ヨハネ1:14 それは、私たちを罪と滅びから救うために来たのです。今も、私たちに寄り添って下さる素晴らしいお方です。このイエス・キリストの人格的な愛を体験した私たちは、その人格的な愛を示したいものです。

<写:家内が東松島市に行ってボランテイアしていたときとった>