Wednesday, December 2, 2009

したきりすずめのクリスマス



作家三浦綾子は、小説「塩狩峠」や「氷点」で知られていますが、子供の絵本「したきりすずめのクリスマス」も書きました。『したきりすずめ』は、有名な童話ですが、三浦綾子は、面白く変化させ、クリスマスのメッセージを取り入れています。

お米を食べたすずめは、おばあさんに舌を切られ、すずめは、“すずめの宿”に行きます。おじいさんは、すずめを追って、“すずめの宿”のクリスマス会で本当のクリスマスの話を聞きます。あるすずめは、有名な聖書のヨハネ3:16 などを暗唱します。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」帰る前に、お祖父さんは、小さなプレゼントを選びます。帰ったお祖父さんのプレゼントを見ると聖書でした。おばあさんは怒り、大きなプレゼントをもらいに“すずめの宿”に行きます。帰る途中、おばあさんは、箱を開け、自分のして来た罪を表すオバケが出て来ます。でも、突然現れたイエス様は、おばあさんの告白した罪を赦します。また、そこに来た男の子や、悪者の罪をイエス様は赦します。
お祖父さんも、そこに来て、おじいさんは、イエス様にこう言います。。。
「私は、このおばあさんのようによく深くもなく、いじわるでもないことを感謝していますぞ。この人ごろしのような者でないことを感謝したいますぞ。私は何ひとつつみをおかさず、正しく生きて来ましたでな。それでのう、あなたさまに重い荷物を負わせずにすみますのじゃ。」
イエスは、かなしそうにおじさんを見て言いました。「そうですか、おじいさん。しかし、せかい中にまったく正しい者は、ただのひとりもおりません。」
「え?正しい者はひとりもおらん?」
「そうです。ひとりもおりません。」
「じゃが、ここに私がおるじゃありませんか。したきりすずめのおじいいさんは、よくのない、やさしい人間だとむかしから言われておりますぞ。この私につみなどあるはずがないではありませんか。」
イエスは、おじいさんをだまって見つめ「そうでしょうかねえ。」と言いました。
「そうですとも!わしのことを悪く言った人はだれもありませんぞ。だれにもやさしく親切で、もうし分のない人だと言う人ばかりでしてな。わしはかみさまのようなだと言われるほどでしてな。」
「そうですか。では、後ろを見てごらんなさい。」

「えつ、あばあさんより、この私のほうがつみ深いですと!?そんな無茶な。」うしろにてんぐを見たおじいさんは「ヘえ!これは。。。」と叫びました。
「これがあなたの本当のすがたです。ごうまんのすがたです。私は、あなたの言葉を聞いてかなしく思います。自分にはつみがないと思っているほど大きなつみはないのですよ。これはかみさまの一番きらな、おもいおもいつみですよ。むしろ、おばあさんよりもつみが深いといえるでしょう。」
「いいえ、無茶ではありません。自分のつみがわからねば、くいあらためることができません。つみはそのまま残るのです。」
悔い改めたおじいさんたちの重い罪は、イエス様の背中にあった、大きな箱に入れられました。そして、イエス様は、遠い丘の上で十字架にかかりました。
ちい子とすずめたちは、説明しました。「私たちのつみのためです。本当は、せかいの人びとが自分のつみのためにじゅうじかにかかるはずでした。けれど、イエスさまが代わってじゅうじかにかかってくださったのです。」
悔い改めたおじいさんたちは、ちい子たちと一緒にクリスマスの本当の真実をお祝い歌います。
三浦綾子の「したきりすずめのクリスマス」は、 “イエス・キリストは、人間を罪から救うために死なれた” と言う聖書の最も大事なテーマを分かりやすく例えています。聖書・マタイ1:21 「マリヤは男の子を産みます。その名をイエス[救い主という意]とつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」この方を信じ仰ぎ、讃美の生涯を送りませんか?


三浦綾子原作「したきりすずめのクリスマス」¥1650