Tuesday, October 11, 2011

自分を正当化する


「戦争は、人類に対する犯罪である。人間の法律を犯す犯罪人は、時おり罰から逃れる。が、神の定まった律法を犯した者は逃れることはない。国であっても、個人であっても、彼らの罰は逃れられない。」アブラハム・リンカーン

“War is a crime against humanity. Criminals who transgress laws made by men sometimes escape the penalty; those who break laws ordained of God, never. Whether nation or individual, their punishment is inevitable.” Abraham Lincoln

リンカーンの生涯を何回も読んでいますが、私が、彼は、南北戦争の頃、これを書いた、と思うのです。弁護士でもあった彼は、法律を深く知って、『罪』というもの良く学んでいました。ならば、彼は、南の方にだけ罪があった、と思わなかってでしょう。彼は、自分の北の方にも十分な罪があった、と思ったでしょう。というのは、聖書が言っている通り、戦争の責任や罪の責任は、皆にあることを書いています。いずれ、全ての人が神の前に立つのです。神は、全能の神で、聖いお方です。

しかし、リンカーンの心に、南の方との和解の心が深くありました。残念ながら、彼が暗殺されて、その赦しと和解は、徹底して実践されませんでした。南部は、アメリカの中で色んな点で遅れ、黒人に対する差別は、長年続きました。しかし、リンカーンは、イエス・キリストの言葉を実践しようとしました。「父よ、彼らをお赦し下さい。彼らは、何をしているか分からないのです。」

神の正しい裁きと神の愛に満ちている救いは、どう両立できるのでしょうか?それは、神ご自身ーイエス・キリストーがこの世に来て、裁くはずの方が、自分自ら裁かれることです。そうです。十字架のことです。裁判官が裁きを罪人の代わりに受けることです。そのような莫大な恵を受けるリンカーンのような人は、南部を裁けなかったのです。和解の計画を立てたのです。

私たちは『自分が正しい、相手が悪い』と自分を正当化しようとします。『自分にも罪がある』ことを謙虚に認める人々は、神との和解、人との和解を知ることができるのです。また、社会を不思議に影響します。


Monday, October 10, 2011

長崎 6



土曜日の夕方、二十六聖人記念碑、資料館と教会を訪ねました。

浦上のクリスチャンは、豊臣秀吉、徳川などの徹底した迫害、明治維新の頃の迫害と原爆の破壊の色んな試練を通りました。「愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、キリストの栄光が現れるときにも、喜びおどる者となるためです。」聖書・1ペテロ4:12−13

Saturday, October 8, 2011

長崎 5




科学者、医者、また献身的なクリスチャンである永井隆の家と記念館を訪ねました。

ビデオの最後に見えますが、彼の家の名前『如己堂』(にょこどう)で、聖書の『己の如く人を愛せよ』(隣人を自分のように愛しなさい)からとりました。

第二次世界大戦前に、永井博士は、エックス線の研究で放射能を受けてました。そして、長崎の原爆が落とされた時、より多くの放射能を浴びました。戦後、四年しかないのに、彼は、続けて研究し、多く書きました。彼の子どもへの言葉が深い愛を表しています。

Friday, October 7, 2011

「我思う故に我あり」



デカルトは、こう言いました。「我思う故に我あり。」

しかし、内村鑑三(写)は、著書『一日一生』にこう書きました。「自分には霊魂あり、父、母とは別に、自分一人で決断するところのもの、自分自身の人格ある。自らの責任が問われる部分、自我の中心点である。私は、このように不思議なものがあることを知るがゆえに、創造主の存在を信じて疑わない。」

デカルトの言葉をこう言い換えてもいいでしょう。「神(造り主)あり故に我思う。」造り主がいるからのみ、私がいて、考えることができるのです。人間は、自己中心ですから、自分を原点にするのです。神は、全ての源で、人間は、二の次です。

「はじめに神が天と地を創造した。」聖書・創世記1:1

Wednesday, October 5, 2011

長崎 4


私たちは平和記念公園を訪ねました。

天に挙げられた手は、原爆の来たところを指していて、もう一つの手は、平和を示しています。

ここは、原爆が落とされたポイントです。

原爆資料館

アメリカ人として、少し厳しかったです。広島にいた3年もそうでした。指を指すのは簡単です。この記念碑は、これを思い出させるのです。日本人やアメリカ人だけではなく、「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」聖書・ローマ3:23−24 全ての人がイエス・キリストの十字架の元で謙る必要があるのです。そして、私たちが真実な平和を体験できるのです。

Sunday, October 2, 2011

どんな本よりも優れた本


「この偉大な本(聖書)に関しては、神が与えたどんな本よりも優れた本、というしかありません。世の救い主(イエス・キリスト)の全ての恵は、この本から私たちに伝えられています。この本なくしては、私たちは、善悪を知りません。人間が好む全てのものがここにあります。」アブラハム・リンカーン
“In regard to the great book [the Bible], I have only to say it is the best gift which God has ever given man. All the good from the Savior of the world is communicated to us through this book. But for this book we could not know right from wrong. All those things desirable to man are contained in it.”
* リンカーンは、田舎の貧しい家庭で育てられ、普通の教育は、受けられませんでした。しかし、彼は、ウェスミンスター小教理問答や、聖書を読んでいました。のちに、独学で、優れた弁護士になり、大統領にもなりました。良く知られていることですが、聖書をホワイトハウスの書斎の机に置き、熱心に読み、祈っていました。

Saturday, October 1, 2011

長崎 3


9月23日、私たちは、雲仙岳に行きました。

キリシタンは、この『地獄谷』で拷問され、殺されました。

キリシタンの苦しみのステンド・ガラス。特に、上の半分に注目。

殉教者の記念碑。(残念ながら、これは人の目につかないようなところにあります。今も『隠れキリシタン』でなければならないのでしょうか?また、正直言って、このキリシタンの殉教の地が娯楽施設の場であることに少し違和感を感じました。)

雲仙岳の殉教:1632年12月、5人の宣教師が熱湯の試練に耐えた後、長崎の西坂で処刑されまた。パウロ内堀たち16人は、熱心に宣教を続けたため一週間後の28日に雲仙に送られ、裸にされ、数時間の拷問の後、熱湯に投げ落とされました。パウロは、首に縄をかけられ、何回も熱湯に入れられ、殺されました。その後また、10人がそこで殉教しました。その前にこれを歌ったとされています。「はるかなるパライソ(天国)を身近に、今ぞ見きこの喜びに心高鳴る」(リンク)